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ペットボトルと「くっつける」ことと、どんな関係があるのか。 そのことは後ほど述べるとして、まずはペットボトルのおさらいをしておく。 ペットボトルは1977年にアメリカで炭酸飲料用大型ボトルとして採用されたのが最初だそうだ。 日本では同年に醤油500mlに採用されている。 そして1982年に飲料用に使用することが認められ急速に普及し現在に至るのである。 PETとは「ポリエチレンテレフタレート」の略称である。PETは1948年に「ポリエステル」として販売された。 当初は合成繊維の用途が大半であった。 ペットボトルは現在、リサイクルされポリエステル繊維などに再利用されている。因みにペットボトルとは和製英語らしい。正しくではPlastic bottleだそうだ。 ペットボトルはガラス瓶の言わば代替品である。 しかし単なる代替品に止まらず、むしろ飲料水の市場を拡大したのではないだろうか。 ペットボトルはガラス瓶と比較すると軽量であることが、大きな要因だろう。 軽量であることは消費者だけではなく、輸送に大きなメリットをもたらした。 さらにはPETボトルの普及により飲料水の種類、登場するTPOの多様化をもたらした。 我が家では空のペットボトルを幾つか常に用意している。 特に夏に車で出掛ける時などは、お茶を冷凍にして持っていく。 PETボトルは瞬く間に普及したが、もちろんガラス瓶にも捨てがたい長所と魅力をもっている。 折角なので容器としてのPETボトルに至る歴史を駆け足で、遡ってみよう。 まずはガラス瓶である。 ガラスは4500年前には既に製造されていた。 そして中空のガラス容器の製作は、メソポタミアでは紀元前16世紀から、エジプトでは紀元前15世紀に入ってから始まったと考えられている(吉田硝子のHPより) 現在のビン詰め方式の原点は1810年だそうだ。時はフランス革命後のことである。皇帝となったナポレオンは、軍用食料の供給が思うに任せなかったので1万フランの懸賞を懸けて食品の新貯蔵法を募った。その結果、発明されたのがニコラ・アペールのガラスビンによる加熱処理方法、そしてコルクでフタをして煮沸加熱する方法である。因みに発明者はフランスの宿屋の息子だそうだ(大和製缶のHPより) 途中をかなり飛ばして、土器に至る。 全く認識がなかったが日本最古の土器は、世界最古の土器だそうだ。 1999年4月、青森県蟹田町出土土器が1万6500年前のもので世界最古といわれている。 以下は(財)ぐんま県埋蔵文化財団調査事業団HPからの引用である。 縄文土器は口が広くて深い形が多いといわれます。この形を深鉢形(ふかばちがた)といいますが、縄文時代の約一万年もの間、土器の基本形としてずっと使われました。 〜 深鉢形はスープやシチューのように汁を蒸発させないで食べ物をじっくり煮るのに都合が良いといわれています。 土器で煮炊きをすることで、ドングリや山菜のように生では食べられなかった物からアクをぬき、また貝や肉も煮ることでスープまでおいしく食べられるようになったのです。〜 では、縄文土器は煮炊き用だけだったのでしょうか。 食べ物を貯蔵したり、お酒などを造るときにも土器を使ったんじゃないかな。 弥生土器の形は、三種類が基本で、使い方におうじてもっともふさわしい形が完成されていったことが特徴です。 壺(つぼ)は首が細くて長いので、煮炊きよりもふたをして穀物(こくもつ)や液体などを貯めておくのに都合がよさそうです。 甕(かめ)は口が大きく開いて深いので、縄文土器の深鉢と同じ煮炊き用と考えられます。〜弥生時代の中頃から、同じ形の土器でも大・中・小型品がはっきりしてきます。 大型品は重いので、邪魔にならないように置いたまま使ったのでしょう。 とすれば小型の壺などは持ち運び用だったかもしれません。 土器を持ち運びに使用していたということは、何らかの材料で蓋や覆いをしていたことは、容易に想像がつく。 そこで2005年に東北歴史博物館で開催された「水辺と森と縄文人」を見学した際、購入した本を調べてみた。まずは表紙、裏表紙の画像を示す。 ここに描かれた再現図から考察したい。 表紙の女性が持っている朱色の水差しであるが、注目したいのは背景の絵である。 住居に保管してある土器類の中に、口に蓋や覆いがかかっているモノはないだろうか、とひとつひとつ注視したが残念ながら期待外れであった。 次に本の内容に立ち入る。 パラパラと本をめくっていると私は一つの画像に注目した。 これは新潟県の青田遺跡から出土した土器の炭化物付着状況である。 上の方が土器の口でその下の赤枠で囲った部分が炭化物のようだ。 この画像では色相が明確ではないが、原本では炭化物であることは、はっきりと区別がつく。 その下は文様と思われる。 この画像を見たとき口を皮や布で覆い、それを縛り付けた縄などの痕ではないかと咄嗟に思った。 それで本の表紙に記入されている新潟県立歴史博物館のHPを開きスタッフルームへ侵入。 そこにメールアドレスが公表されている学芸課の専門研究員・西田先生へ問い合わせをしてみた。 すると早速回答いただき「炭化付着物が同定されたことはまだありません」ただし蓋つき土器は発見されているとのことで御丁寧に文献も紹介いただいた。 機会があればなんとか探し出してみたい。しかし、後日、資料を見ていたら、先に紹介された本の著者の別の本のコピーを既に持っていた、この件は多分、将来登場することになる。 というわけで、私の思いつきは瞬時にしぼんでしまったが、先生には深く感謝している次第である。 とりあえず私の思い描いた土器の蓋に関しては思考停止することとした。 ついでに下の画像を転載する。 画像の右上が石川県の是川中居遺跡から出土した漆塗樹皮製容器だそうだ。 年代は縄文時代晩期の約3000年前だそうだ。 蓋付きであるとの根拠は、本体側板の上部に6〜7cm幅で赤色漆が塗られず漆が塗りのこされた部分。 この部分に赤色塗りで幅の狭い側板を合わせてみたところ、一致したため幅の狭い側板は蓋の側板で、蓋を被せて赤一色となる容器であることが分かったそうだ。 さらに破片から最低3個体から構成されていることが推測され、この復元図が左上で下の画像は展開図である。 実は、見学当時、東北歴史博物館でここに描かれている展開図が無料配布されていて私も自分で組み立てたことを忘れていた。 本文を読み進み、改めて復元図を見ていると根拠のない妄想が膨らみそうになるが、やはり止めにして次へと進むことにする。 この漆塗樹皮製容器から推察すると、少なくとも約3000年前には明確に蓋の効果や意識、作製段階もしくは構想段階で設計思想はあったことになる。 土器の最古が現在のところ、1万6500年前であるから容器に蓋をするという意識は、この前後ではないだろうか。当然、容器は土器以前から樹皮、動物性皮などの利用はあったはずだから蓋の意識、必要性はすでにあったことを推定することは間違いではないだろう。 やがて土器は12世紀以降、次第に消滅し、素焼の陶器へと引き継がれる。 ここで、時間のベクトルを反転させて、ガラス瓶の代表的栓であるコルクの話。 コルクは いかなるモノか。 コルク樫の樹皮から作るコルクは、その組織細胞が細かく密度が高い上、加工乾燥することで、弾力性に富み瓶の口に差し込み易く、ガスや液体を通すことがなく、腐敗などに対する抵抗力が強いという優れた性質があることを発見された。 ローマ時代には既に使われていた。 コルクを採るには、樹齢20年以上のコルク樫を選び、その樹皮を剥がすが、剥がした部分の樹皮が再生するのに10年近くを要するそうだ。 初めて剥がした1回目と2回目は良いコルクにはならず、その10年後の3回目の樹皮から初めてコルク栓になるコルクとなる。 つまり、コルク栓は40年目で出来るという。 コルクの木は、一般には、地中海から大西洋にかけて生息。 産出国はポルトガル、南フランス、北アフリカなど。 特にポルトガルにおいて政府管理による完全保護樹木だそうだ。 それは公有地・私有地を問わずその伐採に関しては許可を必要とし、樹皮の収穫も期間を明確に規定するといった徹底さ。 その規定とはまず植えてから25年間は皮を採取することは出来ない。 以上は、あちこちのホームページを検索し、搔き集めたにわか仕込みの解説である。 下の画像は、世界最大のコルク樫だそうだ。 エランコルクトレーディング(株)(http://www.elan-cork.co.jp/)による。 以下はアモリンジャパンhttp://www.amorim.co.jp/による。 コルクには1平方センチ当たり2000万〜4000万個もの微細な空気を含んだCELL」が存在する。 上の画像は、剥ぎ取られた状況。 意識もせずコルク栓を抜き、ワインの香しい匂いを堪能することはあってもコルク栓は繁々と見られることはなく、多くは直ちに破棄されてしまう。 しかしながら上記のようにミクロ的にも、マクロ的にも、時空的にも極めて奥深いモノである。 さて、ここでまた対象物が変わる。 現在、アルミ、プラスチックが使用されているネジ方式が最も普及した栓である。 「栓をする」という機能に「ねじ」の機能を「くっつけた」のは凄い。 ということで以下は「日本ねじ工業会」より。 ねじの起源は定かでありませんが、西洋では木の棒にねじ山を刻んでオリーブやぶどう等の果汁をしぼるねじ圧縮機(スクリュープレス)に使われ、水を低い所から高い所へ移す灌漑用の螺旋揚水機として使われたアルキメデスのねじがあります。 締結用のねじ部品の出現はルネッサンス期で、レオナルド・ダ・ビンチのねじ製作によって一大飛躍をみました。 〜締結用のねじが大量に生産されるようになったのは産業革命期で、蒸気機関の登場、繊維工業の発達、工作機械の開発、機械による機械製作の技術の急速な進歩によって金属製のねじによる締結が重要な問題となってきました。 <ねじのはじめ> 藤ノ木のようなじょうぶなつるにまきつかれた部分はくぼみ、まきついていない部分が太くなっていきます。 つるが枯れて落ちた後にらせん状のついた太い木の幹がのこります。 昔の人はこのみきをみてねじを思いついたといわれています。 またもうひとつの説は、粘土を引き伸ばしながらぐるぐる巻くと、らせん状にひねった部分ができます。 これをヒントにしてねじができたともいわれています。 さらにはネジの起源は、尖った巻き貝だという説もある。 いいつ頃、どのような歴史過程を経て「密閉する」+「ねじ」=いわゆる「スクリューキャップ」となり、それはどのような思考プロセスが生んだのか・・・極めて興味があるのだが、残念ながら先を急ぐ。 とにかく栓がスクリューキャップ機能を確保したことで密閉性に優れ、開閉が簡便となる。 そして今までにはなかった高機能な栓が完成した。 つ頃、どのような歴史過程を経て「くっついた」のか、極めて興味があるのだが、先を急ぐ。 実は関心事はペットボトル本体ではない。 真に追及したかったことは、ボトルとキャップとの関係である。 |
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